英国中が騙された「コティングリー妖精事件」

美しく微笑む少女とその周りを軽やかに舞う妖精たちの写真―今から100年ほど前の1916年、イギリスのウエスト・ヨークシャーにあるコティングリーという小さな村で、二人の少女が撮影した写真だ。当時、イギリス中の注目を集めたこの写真は、いまだにその真偽について議論がなされている。今回は、永久のミステリーとして世界中の人々を魅了し続けている妖精写真の世界へご案内したい。

「コティングリー妖精事件」とは

この事件の概要はあらゆる媒体で何度も説明がなされているので、すでに知っている人も多いかもしれないが、こちらでも簡単に紹介しよう。

ことの始まりは、16歳のエルジーと9歳のフランシスという従姉同士の少女二人が、エルジーの父親のカメラを借りて、自宅の庭に隣接する小川で撮影したことだった。撮影した写真を父親に現像してもらい、出来上がったのは、なんとフランシスと共に四人の妖精が写った一枚。

出典元:By Elsie Wright (1901–1988) – Scan of photographs, PD-US, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=18803979

現実的な父親は二人の「妖精を見た」という主張を受け入れず、二人が再度カメラを借りて、エルジーが小人と一緒に写っている一枚を撮影しても、「単なるいたずら」として信じなかった。

その一方で、母親はこれらの写真を「本物」かもしれないと思い込み、オカルトなどの研究を行う神智学協会の集会に参加し、写真を披露した。それをきっかけに、協会の主要メンバーであったエドワード・ガードナーの目に止まり、写真家やカメラ会社などにも検証を依頼したうえで、「本物」の可能性を主張した。さらには、シャーロック・ホームズでお馴染みの小説家コナン・ドイルまでもが、この妖精写真は「本物」と月刊誌にて紹介したものだから、イギリス中でその真偽について大論争が起こったのだった。

大人になったエルジーとフランシスが 1983年に行った告白で事件は急展開に向かう。これらの写真は絵の得意だったエルジーが、フランシスの所有していたPrincess Mary’s Gift Bookという本の挿絵を写し描き、それを切り取ってピンで留め撮影した「捏造」だったと明かしたのだった。それまで、人々は「妖精は本当に存在するかもしれない」と本気で信じたのだった。

しかし、二人は告白の後も、妖精を目にしたことは本当であったこと、合計五枚の妖精写真のうち、最後の一枚は本物であることを主張し続けており、「妖精が存在すること」自体は否定していない。妖精の存在の真偽が明かされないままに幕を閉じたこの出来事は、永久のミステリーとして今日まで語り継がれ、いまだに私を含め多くの人々の好奇心を駆り立てるのである。

出典元: By Frances Griffiths (died 1986) and Elsie Wright (died 1988) – Scan of photograph, PD-US, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=10760099

イギリス人はなぜ少女たちに騙された?空前のスピリチュアルブーム

現代の私たちにとって、スマートフォンやSNSの普及によりいまや写真は加工して当たり前。ただその写真加工を、100年も前にカメラ素人の子供たちがいとも簡単にやってのけ、英国中の大人たちに「本物」と信じ込ませたことは驚きだ。なぜ当時のイギリス人たちはやすやすと少女たちの悪戯に騙されたのだろう?その答えのヒントはおそらく時代背景にある。

一枚目の妖精写真が撮影された1916年、世界は第一次世界大戦真っ只中。特に、イギリスはドイツ相手に、泥沼のように死傷者を出し続ける苦境に立たされていた。兵士の家族たちが残る本国では、出兵した家族の無事を祈って占いや、亡くなった家族と会うために霊媒師や心霊写真が流行するなど、大スピリチュアルブームが巻き起こっていたという。

チェシャー州のクルーを本拠地とするクルー・サークルというスピリチュアリスト団体に所属していたウィリアム・ホープは、故人の霊を呼んで写真に写すことができる霊媒師として名を馳せていた。彼の写真は後に「いかさま」と証明されたが、妖精写真を本物と主張していたコナン・ドイルは、ホープの信奉者の一人でもあったそうだ。

出典元:By William Hope – Crewe Circle, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1486915

スピリチュアルブームは、戦地でも巻き起こった。戦いの最中、イエスや天使の姿を目撃したという証言が多数あげられていたのである。

特に有名なのは、「モンスの天使」と呼ばれている、1914年7月にベルギーのモンスという町で起こったと伝えられる伝説だ。フランス軍と連合を組んでいたイギリス軍は、その地でドイツ軍に包囲されいよいよ窮地に立たされていた。その時、突然救助に現れたのはなんと天使の軍隊。その謎の軍隊はドイツ軍に矢を打ち込み(しかも倒れただけで無傷であったそう)、イギリス軍の命は救われたのだという。

出典元:METRO NEWS NEWS… BUT NOT AS YOU KNOW IT
https://metro.co.uk/2014/12/15/did-a-ufo-disguised-as-an-angel-save-british-soldiers-in-world-war-i-4987302/

当時のイギリス人は、戦争により大切な人や自らの生死と常に隣り合わせにして生きていた。ましてや遠い戦地で命を落としたと耳にしても実感はなく、どこかで別の形でも良いから生きていたら、一目で良いからもう一度会えたら、という叶えようのない幻想を抱いていたのも無理はない。

その中で、コティングリー村の少女たちは、妖精の姿を写真に投影したことで、目には見えない存在もカメラを通せば可視化することができ、肉体のないものが存在する可能性を証明して見せた。まさに、悲嘆に暮れる当時の 人々にとっては、希望の光となるような出来事であったのだ。だからこそ、半ば信じがたい妖精写真を前に、人々はどうしてもこれが「本物」だと信じたくなってしまったのかもしれない。

次回は 、そんな「コティングリー妖精事件」の舞台、コティングリー村の現在へご案内したい。

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