アーサー王の英雄譚に欠かせないアイテム、伝説の剣。今回は、アーサー王の物語を知らなくとも、ゲームに精通する人ならば一度は聞いたことがあろう名剣「エクスカリバー」にまつわる地を紹介しよう。
ティンタジェルから30分ほど車を走らせると、広大なムーアに出会う。生い茂る草むらで全貌を包み隠したこの荒野の名は、ボドミン・ムーア。新石器時代に造られたという巨石の遺跡が複数存在し、多くの伝説や逸話の名所である。たとえば、ヒョウのような風貌をした幻の大猫が徘徊していたり、ここで殺害された若きメイドの亡霊が毎年同じ日に目撃されていたり、このムーアを訪れる旅人たちを道に迷わせる悪戯好きのピクシーが存在したり―そして、アーサー王伝説とも深く関係する地でもあるのだ。いつの時代でも人々が幻想を抱きたくなるような不思議な魅力がこのボドミン・ムーアにはあるようだ。
国道から、道とも呼べないような、草むらの「分け目」に入る。私が目指したのは、ボドミン・ムーアのほぼ中心に位置する小さな湖、ドスマリー・プールだ。車のナビゲーションを頼りに、生い茂る草木の間を、車で無理矢理かき分けて進んで行く。ここで突然不審者に襲われ草むらの中に引きずり込まれたとしても、誰も発見してくれなさそうなほど茂みは深い。名もない幽霊が出るのも無理はないと思わず納得してしまう雰囲気だ。今回は同伴者がいたので勇気を持って踏み込めたが、ひとりだったら不安で引き返していたことだろう。
アーサー王と伝説の剣
アーサー王の生涯と剣は密接な関係にある。父ユーサー王の死後、王位継承争いの中、アーサーがイングランドの正統な王であることを証明したエピソードは、最も有名なシーンと言っても過言ではないだろう。
ある日、十五歳になったアーサーは、カンタベリー大寺院の前で人々がにぎわっているのを見つけた。そこには、大きな石に刺された宝石の散りばめられた剣。その剣には「この剣を石から抜いた者は、全イングランドの正統な王である」と書かれており、大勢の人が試していたがびくともしなかった。それを、アーサーはいとも簡単に、しかも何度も、石からその剣を抜いたのだった。アーサーを高貴な血ではないとして認めない者もいたが、人々はこの光景を目の当たりにし、「アーサーを我々の王に!」と騒ぎ出し、彼にひざまずいた。そのままアーサーはカンタベリー大司教のもと真の王に君臨したのだった。
この時アーサーが抜いた剣を「エクスカリバー」だと思い込んでいる人も多いが、実はエクスカリバーとの出会いはまた別のエピソードにある。

ある通りすがりの騎士との闘い中に、アーサーが持っていた剣は折られてしまう。旅を共にしていた魔法使いマーリンによる「この近くに剣がありますぞ」という助言をもとに進むと、広大で美しい湖に出会うのだった。その湖の真ん中には、湖の精の白く美しい手が、剣を捧げ持っていた。湖の精の願い事を叶えることと引き換えに、アーサー王はその剣を手に入れた。この剣こそが「エクスカリバー」と呼ばれる、異界で作られた不思議な力を所有する名剣で、松明三十本と同等の輝きを放ち、鋼鉄をも断ち切り、その鞘には傷を治す力があり、所有者を不死身にするのであった。アーサーは何度もこの剣や鞘を他人に狙われることになる。
前置きが長くなったが、アーサーが「エクスカリバー」を手に入れた湖が、このドズマリー・プールと言われている。

さらに、ドズマリー・プールでの伝説のエピソードは続く。物語の最終章に飛ぶが、自身の不義の子モードレッドの反逆により、アーサー王が致命傷を負い最期の時を迎える時、再びこの湖が登場する。瀕死の王はこの湖まで仲間に連れて行ってもらい、エクスカリバーをこの湖に投げ入れると一本の腕が剣をつかみ、そのまま水中に沈んでいった。その後、アーサー王は重傷を癒すために、貴婦人たちと共に小舟に乗ってアヴァロンの島(黄泉の国と考えられている)へ向かって行ったそうだ。

この湖は、アーサー王が名剣エクスカリバーを手に入れただけではなく、手放し、かつこの世を去った場所。さらに、伝説好きにはたまらない、エクスカリバーが今も眠っているかもしれない場所でもある。
ようやく到着して拝見できた現在のドズマリー・プールは、静かにひっそりと存在していた。辺りには、草むらと水面を揺るがす風の音だけが響く。この静寂がアーサー王の最期の場面を連想させ、もの悲しく、神秘的な印象を引き立てる。何が起こるわけでもないが、不思議にも心が満たされていくオーラを感じ、じっと目をつぶってしばらくその空気を感じていた。この水底に眠る剣は、今もアーサー王のこの世への帰還を待ち侘びているのだろうか?

メジャーな観光地ではないが、アーサー王伝説やエクスカリバーを知る人ならば、ぜひ訪れていただきたい場所。ただし、ひとりや夜間に行くことは決しておすすめしない。
次回もアーサー王伝説探訪の旅は続く。