ネッシーに会おう

ここまでスコットランドを北上してきたのには意味がある。オカルト好きとしては押さえておくべき観光名所、ネス湖。言わずと知れたあの未確認生物ネッシーが棲息すると信じられている場所だ。

ネス湖は英語だと「Loch Ness」。「Loch(ロック)」はゲール語で「湖」の意味だが、スコットランド人は英語読みでも「Lake」とは呼ばない。湖には必ず「Loch」がつくのだ。スコットランド人らしいイングランドへの反抗心が垣間見える。

ネス湖のクルーズツアーのルートはいくつかあり、湖の南西端に位置するフォート・オーガスタスの村からも周遊できるが、私は湖のほとりに佇む古城アーカート城から出発するルートを選んだ。

ネッシーの正体はいまだ解明されていないが、西暦565年の聖コルンバに関する伝記の中での言及が最古の記述だと言われている。その聖コルンバが生前この城を数度訪れたという記録があるので、ネッシー探索ツアーの始まりとしては、やはりここからスタートするのがふさわしいだろう。

カレドニアン運河が流れるフォート・オーガスタスの村
ネス湖をのぞむアーカート城。地下に大量の金が埋まっているという噂も
クルーズ船でネス湖を渡る。絶景に気を取られ、ネッシー探しを忘れそうに

聖コルンバはアイルランドからキリスト教伝道の目的で、当時ケルト信仰の強かったスコットランドを訪問していた。彼は布教の功績によって、アイルランドの三大守護聖人の一人として知られているが、道中に起こした数々の奇蹟が伝記に記されており、そのうちの一つがネッシーに関連するものである。

コルンバと彼の弟子はスコットランドで布教活動中、ネス湖に注ぐネス川をどのように渡ったら良いか思案に暮れていたという。その時、当時スコットランドに居住していたピクト人の集団が仲間の死体を埋めようとしている所に遭遇した。なぜその人物が死んでしまったのか訳を尋ねると、川を泳いでいたら巨大な「水獣」に攻撃されたのだという(ネッシーという愛称は近代になってからつけられ、この伝記の中ではまだ名がない)。コルンバはそう聞いてから、死体の胸に杖を当てると、なんとその男はすぐに立ち上がり、血色良く生き返ったそうだ。

そうすると今度は、ピクト人たちの警告を差し置いて、自分の弟子に川を泳いで渡って対岸にあるボートを取って来るように指示した。弟子が勢い良く川に飛び込むと、案の定「水獣」が大きな口を開けて近づいてきた。コルンバはそのモンスターに向かって神の名と共に十字架をかざし、「おやめなさい。その男に一切触れずに、今すぐここを立ち去りなさい!」と叫ぶと、怪物はロープで引っ張られるよりも速いスピードでその場を立ち去り、湖の底に消えて行ったという。一連の奇蹟を目の当たりにしたピクト人たちは、コルンバを崇め称え、その場でキリスト教へ改宗したそうだ。

この伝記は、聖コルンバの死後100年以上も後に書かれたものであり、この逸話も当時のスコットランドの土着の信仰である「水獣」をキリスト教の神の力が打ち負かすという構図になっていることから、コルンバの生涯を正しく記した記録というよりは、キリスト教の啓蒙を目論んだフィクションとも見られている。

ネッシーの伝説が公に騒がられるようになったのは、一気に近代へ近づき1934年にロンドンの医者が撮影したというネッシーの写真が公表されてからだ。しかし、こちらはおもちゃの潜水艦にネッシーの首の模型を付けて撮影をした捏造写真であったと、本人の口から後々告白されており、その後もあらゆる人物からの目撃証言や写真が発表されてきたが、いずれも本物とは証明されていない。

ネッシーの正体について、恐竜の一種という説や、水浴びするサーカス団の象を見誤ったという説など様々な見解が議論されているが、最新の研究ではネス湖の水から検出されたDNA鑑定によって巨大ウナギの可能性が有力視されている。ちなみに私も湖上ツアー中、終始水面を隈なく見張っていたが、ネッシーどころかウナギの影すら目にすることはなかった。

その正体が100%解明されるまで、私をはじめ多くの人々がこの不思議を追い続けるだろう。最新科学の力を利用して謎の明かされる日がいつか来るのはもちろん楽しみである一方、「恐竜であった」というような人類にとって目ざましい発見でない限り真実を明らかにしてほしくないのが本音のところ。こういった誰も解決できない謎によって、人々が真剣に想像力を働かせて無限の可能性を広げる行動にこそロマンがあるように思えるからだ。

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